日々抑圧される自意識を解放させる唯一の救いとは──

「纏う・戦闘服」 家の外、そこは戦場 大事なものを守るように 隠すように 傷つかぬよう 私たちは服を着る

佐々木ののか

佐々木ののか

「家族と性愛」をテーマに表現をする文筆家。「五体満足なのに、不自由な身体」など、数々の作品を生み出す。

noteにて激情を吐露し、多くの方の共感を呼んでいる佐々木ののかさん。


文章を書くことは酸素を吸うのと同じで、生きていくうえで必要不可欠なものだといいます。


日々の抑圧からの解放を求める中で生じた、文章に対する向き合い方の変化を、彼女の幼少期まで遡って聞いてみました。


 

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noteを書き始めたきっかけについて教えてください。

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佐々木ののか

2015年の春先にライターとして独立しました。がむしゃらに仕事をしていた時にふと、生活のための文章ではなく、自分の考えていることを文章で綴りたいと思い、まだ黎明期だったnoteで書き始めました。

佐々木ののか 五体満足なのに、不自由な身体

 

「五体満足なのに、不自由な身体」参照

 

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「家族と性愛」をテーマにした文章はどういった時に着想を得ているんですか。

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佐々木ののか

実はあまり文章を書こうとして書いているわけではないんですよね。


頭の中に嫌なことがあると、なかなか忘れることができず、頭の中のクローゼットの中にハンガーで一旦掛けておくようなイメージです。


仕舞いどころのない服がクローゼットの中に”とりあえず”かかっている状態って気分があまり良くないじゃないですか。


だから、早く言語化できるようにずっとずっと毎日のように煮詰めて考えて、点と点が結ばれたときに文章にして吐き出しています

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佐々木ののか

一人でいるときはいつも自分を抑圧して生きている感覚があって、だいたいずっと息苦しいんです。対人関係で嫌なことを言われても、即座に言い返せなくて、そのモヤモヤの積み重ねが文章の燃料になっています。


文章を書き始めてしばらく経つと、少しずつではありますが、自分の想いに反応してくれる人が増えてきた実感がありました。


とは言え、当時ライターとしては素人同然で、何も専門性がなく書き綴っていたので、自分が何に興味があるかについても分かっていなかったんですよね。


ただ、ライターを始めて3年くらい経ったときに「そろそろ専門分野をつくらないと食っていけないな」と思って、今までに書いた記事でとりわけ強い思い入れのあるものだけを集めてみたんです。


そしたら「家族と性愛」という共通点が出てきて、自分の中で大きなテーマだとわかりました。まぁ「家族と性愛」って普遍的なテーマですし、絞ったとは言え、かなり広いんですけどね(笑)。

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幼少期から文書を書くことが好きだったと伺いました。文章を書くことに対する向き合い方に変化などはあったのでしょうか。

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佐々木ののか

小学生の時は、詩や作文のようなものを書いていて、中学生になると地元の新聞の投書欄によく投稿していました。


高校になってからは、投書はやめちゃったんですが、受験で小論文が必要だったので、国語や数学と同列にトレーニングとして取り組んでいました。


社会人になって仕事として文章のスキルを実用的に活かすようになり、今また自己表現のほうに戻ってきたと感じています。

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今、佐々木さんにとって「文章を書く」ことをひとことで言うと、どんな感覚ですか?

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佐々木ののか

自意識を解放している感覚ですね。口にするとチープでジャンクでヤバい奴ですけど、お酒を飲んでるときと、セクシュアルな交流と紙の上で表現をしているときしか、自分の意識を解放して楽になれなくて。


普段は酸素を6割しか吸えてない感覚がずっとあって苦しいので、途中途中で小休止を挟みたいという気持ちで文章を書いています。


そういう意味で創作には救われている、水や酸素のようになくてはならない存在ですね。


今回のようにお洋服をつくったり、展示を企画したりと文章以外でアウトプットを出すこともときあるんですが、より多くの人に届けるためにはどうしたらよいかといった戦略を考えたり、文章を書くときよりも冷静に頭を使うので、本当の意味での解放はできるのは、やっぱり文章かなと思っています。